服部智恵子の大学設立日記

どうやって大学をつくるか。ゼロからスタート大学設立同時進行日記

「チャンス・柔軟型」だが夢のためなら「準備・蓄積型」にもなる

歴史家の磯田道史氏によると「人間には、チャンス・柔軟型と、準備・蓄積型がある」らしい。

私自身は、まさに、本来は、性分は、チャンス・柔軟型だ。

しかし、大学を作ろうと決意したときに、

「世界一の大学を設立できる柔軟な頭脳を持ち、全ての鉱脈と流れとチャンスを掴む」と腹を決めた。そして、そのためにも「世界一の準備と蓄積をする」と決めた。

 

両方がなければ、私が思う大学が設立できないと思ったからだ。自分の得意不得意や、向き不向き、能力やセンスの有る無しなんか、構ってられないのだ。

それでも、事態が大きくなってくると、「ほっといても準備・蓄積が得意だ」という人が側に欲しくなる。(笑)

 

手続き・申請とは紙を揃えること。

悟ったぞ。手続きとか申請というのは、紙を揃えることだ、と。

まあ、そんなの今頃知ったのかと言う人はいるだろうが。少なくとも、門外漢が経験から悟ることが大事だと知ってほしい。

さて、その申請の素人が、自身の経験と実践から得た知恵を、披露しよう。

 

申請や手続きには、まず申請書とか或いは何を手続きするのかという、最初の1枚(またはそれ以上の枚数)の紙がある。

その申請書や手続きの紙を出すには、何らかの公的機関が発行するような紙や、申請のために申請せざるを得ない書類が必要になる。

そしてさらに、それを説明したり添付したりする紙がいくつか必要になる。

またまたさらに、そのいくつかの紙に、それを証明したり確認したりする紙が附随する。

 

またまたその紙には、例えば何かを説明したり証明したりする紙が必要である。つまりは公的機関が発行するような紙が必要。

そして、それが無ければ別表や別途説明文があるとよいとなる。「有ると良い」となると、申請するものは、それを集めることになる。

 

そうして、たった一つの申請のために、束となった紙や書類が重なることになる。

すごい。ほんとのことだ。ホントに本当のことだ。

『女の子とバケツのおはなし』

私の設立予定の大学のエンブレムというか、ロゴマークは、バケツがモチーフになっている。

 

ある朝、バケツについての説明をしたくなり、パソコンの前に座った。

一気に書き上げ、そのままそれは、ほぼ完成版となった。説明ではなく物語りだった。

自分で冊子に印刷して、大学設立パンフレットと一緒に知人に配った。もう3年前くらいだ。

途中で自費出版も考えて動いたが、多忙さと資金から、置いている。

 

その物語りは、パンフレットよりも威力を持つらしい。最近ときたま「バケツのお話しを送ってほしい」と、知人の知人から連絡がくる。

 

有り難い。女の子とバケツは、一人歩きして、届くべき人に届いているらしい。

どんなに遠くとも、届くべき人に届いてほしい、それがこの物語を書いたときの願いだから。

 

税理士さんと話す。友人の凄さに驚いた。

ソーシャルビジネスだろうが、普通の会社だろうが、株式だろうが社会福祉法人だろうがNPOだろうが、法人を経営するなら、やはりいつまでも個人で素人で、やりきれるものじゃない。

そういうわけで、本日、友人が代表を務める税理士事務所に行って、経理・会計について話し合ってきた。

長い友人なので、たかをくくっていた。(笑)

行って、事務所のスタッフに案内されて、その重役室のような彼女専用の部屋に入って、驚いたり羨ましくおもったり。(笑)

こんな理事長室に私も入りた~い。と声に出して叫んだりした。(*^^*)

我が法人の担当は彼女じゃなく、意気軒昂な若い税理士。事務所所属の税理士は3人くらい、スタッフは数人。スゴいな~。これを経営しているのか、彼女は。

 

一貫関連教育という言葉

よく、大学から小学校まであるような学校は、一貫教育という言葉を使っている。

しかし、最近、一貫関連教育という書き方を目にするようになった。

緩い連携や、キツくない一貫もよしとする考え方からか。または、後からお互いに連携しあったものや、統合されたり、学校のM&Aだったりが、そんな表現を生むのか。

悪くない。いまや、社会はゆるい繋がりが好まれる時代だ。互いに独自性を発揮しながら、一貫関連教育機関をつくりあげる。

そういうわけで、我が法人「一貫関連教育」という言葉を使うようになった。東京圏と沖縄、大学設立を目指す法人と保育園設立の法人。

同じミッションと同じ線上のビジョン、根幹が同じ組織理念を持つ、人間教育と人財輩出の教育起業だ。

「お金で片が付くものはどんなに高くとも安いものです」

今は昔。某公共放送のキャスターの走りでもありトップ陣でもあった、H.I氏にひょんなことから付くことがあった。

特集番組の制作、なぜか場所はイギリスである。氏とは一週間あまり手伝いをしながら、ご一緒した。

テムズに浮かぶシップレストランで食事をし、ロンドン郊外のパブリックスクールを取材し、ビッグベンを後ろにコメントを撮ったりした。

その間、為になる話や愉快なエピソードなど、様々教えて頂いた。

で、会話の前後は忘れたが、ロケバスの中で、私の「高くつきましたね」の言葉に、氏が即座に言った名言。

「あのね。世の中で、お金で方がつくものは、どんなに高くとも安いものだよ。君もいつか分かるときが来る。お金を積んで解決できるなら、高くともそうしなさい。どんなにお金を積んでも買えないものを手にいれたり、解決できたら、運のよさに感謝しなさい」

後者のお金で買えないものを得て運のよさに感謝する、というのはこれまで幾度もあった。その度にこの言葉を思い出していた。

そしてどうやら、私は最近、どんなに高くともお金を積んで解決するなら安い、ということの方を分かるときが来たらしい。

ヌエのような人間には「次元が上の兵法」しかない

先人や先輩の教えや言葉に、その時は表面的な理解でも、後からつくづく分かることがある。

「資金繰りは、まず一番最初の悩みだよね。だけど、それは実はどうだってなる。一番怖いのが人、人材。人を間違うと大変なことになる」

 

いま、私は、その「人を間違うと大変なことになる」を痛感している。思い知らされている。身をもって学んでいる。

毎日、朝起きたときに真っ先にその事を考える。夜、悶々と考える。そして、白眼を赤くする。

 

小賢しい戦術、倫理も論理も通じない。浅はかな戦術なのに、上手を行く戦略を使っても、変に返してくる。

斬っても切れないヌエのような人間。

 

もう、本当に「次元の違う兵法」を使う以外にない。こうやって、私も一人前のリーダーになるのか。