服部智恵子の大学設立日記

どうやって大学をつくるか。ゼロからスタート大学設立同時進行日記

「お役所は……」という言葉が飛び交う数日。

昨日から私は、たくさんの関係者に、数通の丁寧なお詫びと説明メールを書いて送り、数本のお詫びと説明の電話をしている。

某お役所が、ある決定の日付を延期し、その発表の日さえ公表しない状態が、2ヶ月ちかく続いている。

決定と発表が延びると、それを受ける方は、さらにそれに影響する決定や、その事に関する手続きや、実施や実行が延びる。一方、支払いや振込み、話し合いや打ち合わせは、延びた期間の分だけ続けることになる。

全国で、困っている人がいるだろうが、私もそのうちの一人である。(笑)

全国で、死活問題になっている人がいるだろうが、私もそのうちの一人である。(笑)

で、いろんなメールや電話の相手、関係者から一番聞いた言葉が、「ほんとに、お役所というところは……」という言葉である。

だから、私も言っていいだろう。

本当にお役所というところは!(笑)

「上に政策あれば下に対策あり」中国の知恵

中国は広い、深い、大きい。人口も日本の十数倍ある。だから、一口に中国、中国人といっても、全然違う。一口でなんか、言えないのだ。人も風土も、考え方も歴史も、異なる。

まず、漢民族少数民族では、民族が違う。そして同じ漢民族でも、北と南では人が違う。北方中国人と南方中国人では、遺伝子が日本人と中国人の違いと同じくらい違うと読んだことがある。都市と農村でも、違う。沿岸部と内陸でも、違う。

そして、上と下でも違う。上と下とは、為政者と民衆だ。つまり政治家や行政人と、民間人・一般人だ。

その民衆の戦略と叡知を表す言葉に「上有政策、下有対策」というのがある。

長い歴史の中、中国の民衆は、上のものが何らかの政策を打ち出したり、政策が落とされたりしたら、その対策をしてきた。

政策は、それがよい場合と悪い場合がある。どんな政策であれ、自分にとって大丈夫なように対策をとるのだ。たくましい。

何しろ、お上はいつか代わるし、皇帝も替わる、時代もいつか変わる。ましては政策はボンボン、変わる。そこで、上有政策、下有対策だ。

私は今、この「上に政策あれば下に対策あり」という知恵を、いま反芻している状態だ。

全ての材料と包丁を揃える決意

「時間をかけて、全ての材料を揃え、いざ料理しようとしたら、自分の手に包丁がなかった」

最近聞いた、ある友人経営者の、哀しくも潔ぎよい言葉だ。

彼は、自身が創立した15年以上の優良株式会社学校から、撤退する。

この2ヶ月、彼の学校は、スケールアップする時期にともなう危機でもあった。私も微力ながら奮闘した。行動した。

設立の原点の精神も、志も、目指すところも私と似ている。この学校が出来ずして、我が沖縄グローバル大学だって、できない。

私にお金があるなら、私が買い取りたかった。

しかし、彼の爽やかな決断を聞いたら、私も瞬時に納得した。彼は「自分が何者に成るかではなく、何を成すかの人物」に移行したのだ。

七転び八起き。

そして、私は、全ての材料と包丁を揃えることを、決意した。

行政を相手にする、核心は暦と紙。

悟ったぞ。行政の肝は、暦と紙だ。これは行政を相手にしていくときの核心だ。

暦とは日付・スケジュール・日程・工程表のことで、紙とは書類や証明書、証書や証拠書類などだ。

行政とその委託事業者などを相手にするときは、この暦と紙という核心を押さえなければならない。

中には、それを分かってない委託業者もいる。が、日付や日程や工程表というのは、行政の重大な事項だ。私はそれを発見した。たぶん。(笑)

行政及びその委託先を相手にするには、日付に気をつけ日程を合わせること、そして紙を揃えることだ。

この行政相手初心者の悟りを、今ごろか~などと笑わないでほしい。また、違うよ~と言うなら教えてほしい。

とにかく、自分で動いて自分で掴んだ確信は、尊い。(笑)

「チャンス・柔軟型」だが夢のためなら「準備・蓄積型」にもなる

歴史家の磯田道史氏によると「人間には、チャンス・柔軟型と、準備・蓄積型がある」らしい。

私自身は、まさに、本来は、性分は、チャンス・柔軟型だ。

しかし、大学を作ろうと決意したときに、

「世界一の大学を設立できる柔軟な頭脳を持ち、全ての鉱脈と流れとチャンスを掴む」と腹を決めた。そして、そのためにも「世界一の準備と蓄積をする」と決めた。

 

両方がなければ、私が思う大学が設立できないと思ったからだ。自分の得意不得意や、向き不向き、能力やセンスの有る無しなんか、構ってられないのだ。

それでも、事態が大きくなってくると、「ほっといても準備・蓄積が得意だ」という人が側に欲しくなる。(笑)

 

手続き・申請とは紙を揃えること。

悟ったぞ。手続きとか申請というのは、紙を揃えることだ、と。

まあ、そんなの今頃知ったのかと言う人はいるだろうが。少なくとも、門外漢が経験から悟ることが大事だと知ってほしい。

さて、その申請の素人が、自身の経験と実践から得た知恵を、披露しよう。

 

申請や手続きには、まず申請書とか或いは何を手続きするのかという、最初の1枚(またはそれ以上の枚数)の紙がある。

その申請書や手続きの紙を出すには、何らかの公的機関が発行するような紙や、申請のために申請せざるを得ない書類が必要になる。

そしてさらに、それを説明したり添付したりする紙がいくつか必要になる。

またまたさらに、そのいくつかの紙に、それを証明したり確認したりする紙が附随する。

 

またまたその紙には、例えば何かを説明したり証明したりする紙が必要である。つまりは公的機関が発行するような紙が必要。

そして、それが無ければ別表や別途説明文があるとよいとなる。「有ると良い」となると、申請するものは、それを集めることになる。

 

そうして、たった一つの申請のために、束となった紙や書類が重なることになる。

すごい。ほんとのことだ。ホントに本当のことだ。

『女の子とバケツのおはなし』

私の設立予定の大学のエンブレムというか、ロゴマークは、バケツがモチーフになっている。

 

ある朝、バケツについての説明をしたくなり、パソコンの前に座った。

一気に書き上げ、そのままそれは、ほぼ完成版となった。説明ではなく物語りだった。

自分で冊子に印刷して、大学設立パンフレットと一緒に知人に配った。もう3年前くらいだ。

途中で自費出版も考えて動いたが、多忙さと資金から、置いている。

 

その物語りは、パンフレットよりも威力を持つらしい。最近ときたま「バケツのお話しを送ってほしい」と、知人の知人から連絡がくる。

 

有り難い。女の子とバケツは、一人歩きして、届くべき人に届いているらしい。

どんなに遠くとも、届くべき人に届いてほしい、それがこの物語を書いたときの願いだから。