服部智恵子の大学設立日記

どうやって大学をつくるか。ゼロからスタート大学設立同時進行日記

こんな小さいのに多文化グローバル

私は3つの小さな法人の代表をしている。3つといってもかなり重なっている。重なっているといっても、実際の行動フィールドは、やはり3つある。

そして、やっと悟った。こんなに小さくとも重なっていても、なんと、まさにグローバル(笑)なのだ。多文化なのだ。

仮に、このフィールドをABCと名付けよう。そしてBとCのLINEグループに同じ仕事を投げかけたとする。
一方は「了解しました」と担当者(関係者)のみが返信する。一方は、たくさんの了解スタンプが並ぶ(笑)。

少し前、ある双方が関連している課題で、同じ厳しい状況下で、同じ厳しさで双方の関係者に、同様な厳しい要求をした。
すると一方は「なぜこの人だけに厳しい」「不公平である」とパワハラ問題にまで発展しそうな事態になった。だが、一方は何も問題にならない。厳しく要求された担当者も他の皆も、ケロリとしている。

またある時、双方のどちらが関わっているか分からないテーマの問いかけを、同時に双方にした。すると一方は「私の担当ではない」旨の返信で、外堀から埋まって的が絞られていく。一方は、関係ない者も参入してきてけんけんがくかくで、輪を広げて的にあてる。

そして、昨日、似たようなことがあった。双方に同じ問いかけと結果報告をしたら、双方でまったく異なる反応があった。

そうしてやっとハッとした。
文化が違うのだ。異文化なのだ。それは、構成員の年齢や、地域や、常識の違い、経験の違い、属性、前職の引きずり具合、等があるのだろ。とにかく同じ日本人なのに異文化なのだ。

まさにこの組織、名前の通りグローバル。(笑) 私は毎日が、異文化コミュニケーション。そうと分かったら、苦しみが消える。チャレンジあるのみである。

晴れた日には永遠が見える、か

「只今のは、バーバラ・ストライサンドの『晴れた日には永遠が見える』でした。」

何十年も前、留学先の北京に戻るタクシーの中で、そう聞いた。

だいぶ後で、タイトルが正確にはちょっとだけ違うと分かったが、私の中では常にそのタイトルでフラッシュバックする。私は、そう聞こえたし、その言葉で深く刻印されたのだ。

『晴れた日には永遠が見える』
北京で、東京で、アジアで、アメリカで、沖縄で、永遠が見えそうな晴れた日の空に遭遇するたびに、頭の中で繰り返す。

ある時は爽快に、ある頃は寂しく、ある時期は希望を抱いて。

今日の、横浜市へ向かう車窓から見る空は、晴れている。どんな永遠が見えるだろうか。

表現をぼかすと却って的が大きくなる

最近、よくあることだが。

ブログを見た人から「それ、私のことでしょう?」「なんで、私の事をかいたの?」とか、LINEがくることがある。

私としては、「は?」「え?」である。だって、本当にそのブログ内容と関係ない人から来ることが、ほとんどだからだ。

最近は、誰かを特定されたり傷つけたりしないために、なるべくボカシたり、抽象的に書いたりしている。すると、どうやら却って思い当たる(笑)人が増えるらしい。

困ったことだ。本来は、正直に、具体的に、実況中継の如く書く、が信条だったのに。
ますます書きづらくなりる。ますます抽象的な表現になる。

公平にして嫌われ、公正にして疎まれる

物事は、なかなか上手くいかない。

大好きな人も嫌いな人も、公平に扱う。正しい人も不正な人にも、公正に対処する。

出来ないっ。やれば辛い。分かってもらえない。嫌われる。愛想を尽かしたといわれる。

それでもやるしかない。
その人のことを、本当に考えるなら。
その人のことを、本当に祈るなら。

私は、あなたを利用しない。
私は、あなたの幸福を祈っている。

チコちゃんに誉められる?!

前日、時間の実感について、書いた。

すると、数名の方から「チコちゃんに叱られるで、やってたよ」ときた。

感動がなくなるから、時間の過ぎ方が早くなるって。子どもの頃は感動が多くて、一日や一年が長く感じるんらしいよ。大人になったら、感動がなくなるから時間があっという間にすぎるんだってよ。……。

「だから、あなたは今、感動の多い日々を過ごしていることなんだよ」

へえ~。私は「チコちゃんに叱られる」をよく見る方だが、この回は見ていない。

そうか、私は今、感動の日々を送っているんだ。確かに、良くも悪くも、毎日そうとう、何かを感じて心が動いている。

怒ったり、焦ったり、笑ったり、不安になったり、安堵したり、泣いたり、わめいたり、ビックリしたり、感心したり、そして歓喜したり。

これは、感動の日々なんだ。
そのことに、感動する。

教えて、アインシュタイン

大人になってから、時間の感覚が短くなっていた。先月のことはまるで先週のことのようだし、一年は短いし、10年だってあっという間。まさに「大人の時間は過ぎ方が速い」

ところが。

ここ数年、時間の速さが逆転している。先週のことが、一ヶ月前のことに感じたり、え、あれは一昨日のことなの、先週のことじゃないの?などなど。

Facebookでよく出る「◯年前の貴方の投稿」を見ると、ずっと遠い昔のことのように感じる。

いったい、どういう現象か。
数年前から私の時間は、長く、ゆっくりになっている。半年前は大昔だ。

学ぶ力と変わる力

時間がないので、どうしても見たい知りたい番組を、空いた時間まとめて録画の早送りで、寝ころびながら見るのが、最近の習慣だ。

で、録画の高倉麻子なでしこジャパンの監督の話に、思わず起き上がった。

いわく。
「同じ試合をして失敗しても、次に変えてくる選手がいる。そういう選手は、生き残れる。
良いものを持っていても、学ばない選手と変えられない選手は(成長は)そこまで。生き残れない。」

私は長く、市町村議会から国会まで、女性(ついでに男性も)を議員として送り出すことに関わった。そしてその議員になった後も見ていて、私が得た結論に似ている。

議員になっても成功する人は、可塑性があること、前職の経験や成功を捨てきれる人、である。

可塑性があるとは、変化する人、学ぶ人である。
前職の達成や経験や経歴が素晴らしいから、議員に推される。だが、その後成功する人は、成功体験を捨てて、新しく変わることが出来る人だ。

私も、変わろう。学ぼう。
どんなにリーダーをしてきたとしても、それは前のチーム、前の組織、前の仕事、前の職業のことだ。
私も、変わろう、学ぼう、生き残ろう。