服部智恵子の大学設立日記

どうやって大学をつくるか。ゼロからスタート大学設立同時進行日記

この分野では下っ端です、この社会では出入り業者です、この世界では組織トップてす、を往き来する

社会とは不思議なもので。

普通の地域社会があり、経済社会があり、たぶん何とか社会もあるのだろう。

で、私は職種と社会的立場を、何回か変えた。

通訳の時はフリーランスだったから、NHKとか大きな会社相手では出入り業者だった。相手の意向にそって働く、相手に従う立場だ。

天職だったから、苦にはならなかった。

通訳人生後半からは、公共経営アドバイザーを兼ねていた。選挙プランナーという別名もある。

プロボノでやった。プロボノとは、その道のプロがお金を貰わずに、ボランティアで専門分野のスキルや知恵を奉仕することだ。

これは、相手を見て企画しアドバイスして勝負に勝たせる、という仕事だ。この職種は、適職だったから、愉しかった。

文化も手法も違う世界の、往復作業だった。面白かった。右の世界で認められない時があっても、左の世界では評価される、というのだから。

時がきて、天職と適職を捨てて、今の道に入った。

使命と天命は、天職か適職かなんて、関係ないのだ。

で、いま、経営者と起業家をかねている。そして、著者という社会にも足を突っ込んだ。

毎日、立場が逆転する状態。

私の日程に相手が合わせる社長業と、こちらが相手を伺う世界、そして、相手が私に教えてアドバイスする分野だ。

その三つ。異なる世界の往復作業。切り替えがポイントである。

「毎日走り回る」から「世界中を飛び回ってる」との距離と違い

同時通訳の仕事をしている時に、仕事の合間に、別言語の通訳と話しをすることがあった。

その時に、「○○さんの旦那さんは、世界中を飛び回っている。彼女はついに仕事を辞めて、夫人業をやるらしい」と聞いた。

英語圏の通訳は、平気で問い返す。「ジェット属?」「そう言えば3か国に家があると言っていたね」

……、飛び回る。

大企業の社長や、グローバル企業のトップ層は、世界中を飛び回るのだ。

巨大な額の資金の交渉をして、何かを買収して、何かを切って、何かを売って、……。

ファーストクラスに乗っても、私達が憧れる食事には手を付けない(笑)パーティーでワインは手に持つが、頭をクリアにするため、口をつけるだけ。

とにかく。

地方の小企業の「いつも走り回っている」社長と、大企業の「世界中を飛び回る」経営層の違い。

なんだ。どこだ。なにが。…、…。

……ま。いいか。(笑)

私は「日本中を飛び回っている」と言いはろう。(爆笑)

「父はいつも走り回っている」零細小企業社長の息子の言葉、今は良く分かる

中学生の時、、父親が何かの社長だというクラスメイトがいた。

お父さん、いつも何やっているの?と聞いたことがある。

「父はいつも走り回っている」

意味が分からなかった。

「いつも、お酒を飲んでいる」

これは分かったが、本当には分かっていなかった。

今は、分かる。本当に、よく分かる。

走り回るのが、法人のトップだ。

金策に走る、人に会う為にどこかに行く、次の稼ぎ頭事業を見つける為に集まりに行く、また金策に走る、……。そして夜、酒を飲む。

今では。

金策と言わず資金調達という。人材発掘といい、異業種交流という。経営者セミナーという。

たが、同じだ。

いつも行動、たゆまぬ実行、常に向上、欠かせぬ情報収集、頻繁な集中。

まあねぁ。走り回るよね。ストレスあるよね。お酒飲むよね(笑)

 

兵庫県知事選、勝ったのはSNS、負けたのはテレビという事態か

政治こそ、コミュニケーションである。選挙こそ、広報コミュニケーションだ。

だが、政治広報や選挙広報とされるものは、一方的だ。

兵庫県知事選の結果を受けて、テレビの報道関連番組が、軒並み、テレビの敗戦を語っている。

有権者は、テレビの言うことではなく、SNSを信じた、と。

そうだよ。

情報を取得するのも、スマホ。調べるのも、スマホ。噂をするのも、スマホ。連絡するのも、スマホ。モノを書くのも、スマホ。漫画コミックを読むのも、スマホ。動画やテレビ見るのも、スマホ。お金払うのも、スマホ

何でもスマホなんだよ。

スマホで勝てるのが、今の時代の勝ちなんだよ。

久しぶりに、公共経営アドバイザー(含む選挙プランナー)としての、血がさわいだ。

「想像力は知識より偉大である」アインシュタイン

アインシュタインの名言だというと、誰が言うよりも力を持つ。

「想像力は知識より偉大だ」

ほんとに、凄い言葉だ。

そして、私は。想像している。

世界一流の大学が、海が見える高台に出来ることを。その眺めの美しさを、ありありと想像できる。

年齢や性別・人種の多彩な学生達が、キャンパスで、議論活発に、青春を謳歌している姿。それにワクワクする思いを、実感のように想像している。

アジアの何処かの国に行ったら、「あんな素晴らしい人財を、育ててくれて有り難う」と感謝される。その時の突き上げる喜びに、想像でさえ涙が出る。

どんな今ある知識と良識で大学を構想するよりも、この想像は具体的で、楽しくて、愉快で痛快だ。

直感は思考の凝縮。理性は直感を遂行するためにある。

私はこう思う。

直感とは、思考のショートカットだ。

直感とは、長い経験と思考の蓄積、繰り返された選択の記憶、それらの上に立って、素早く、短路で、結論を導きだしたものだ。

直感とは、その人にとって、最も熟達した思考回路なのだ。

直感とは、その人の、最も凝縮した理性なのだ。

それゆえに。

直感は、その人生や個性から、外れることはない。

直感は、その人を裏切るものではない。

そして、直感を遂行するために、その人のその時の理性がある。

「鍵を開けてから、ドアを開けろ」

フェンシング。そのオリンピアンの言葉を聞いた。

細長いピストと呼ばれる台の上で、前後に動いて、1対1の攻めぎあい。

スピードが得意の選手が、やたらスピードだけで攻め込んでいた。

するとコーチが言う。

「鍵を開けてから、ドアを開けろ」

これで、この選手は開眼したらしい。

ただただ、攻めるのではなく、フェイントとか、鍵を開けるような行為を入れる。そこで相手に隙ができた瞬間に、攻め込む。

うわあ、凄いなあ。

勝負、コミュニケーション、そしてプロジェクトにも、効きそうな言葉だ。