私の1つ目の職業は、中国語通訳だった。それは、たとえて言えば、山登りだった。
天職だったし、とても楽しかった。
ある時に、その山脈の一つの頂上に立たったと感じた。このまま尾根伝いにいけば、山脈の一番高い山に達すことができる。
ところが。別の山、山脈を見つけた。魅力的だ。あの山に登りたい、でも、そのためにはこの山を降りるなければならない。
悩んだ末に。中国語界という山を降りて、その山に登り始めた。
新しいキャリアは、選挙を含んだ公共経営という分野だ。
充分に楽しかった。生き生きとした。だが、その登山を終わる時が来た。
多動な私は、もう飽きたのだ。
で、新しいチャレンジ大学の創立だ。新しいキャリアは起業だ。
始めてから分かった。起業は、登山にたとえられない。起業という山は登山じゃない。
起業というのは、造山運動だ。
大学創立とは、自分で山を造ることだ。
世の中の創立者、創業者は、皆、自分で山を作っているのだ。
「塵が積もっても山はできない。出来ても丘だ。山は、地殻変動でしか出来ない」という言葉を思いだす。
そう、噴火とか、地殻のぶつかりで隆起するとか、起業家本人の革命的な人物変容がなければ、起業・創業・創立という山は創れないのだ。