服部智恵子の大学設立日記

どうやって大学をつくるか。ゼロからスタート大学設立同時進行日記

もうひとつのゼロを1にする戦い

疲れはて、相棒と一緒に那覇のとあるショッピングセンターの休憩所に、座り込んでいる。
ほんとに、ゼロを1にするのは、難しい。

東京圏の保育園が明らかな軌道に乗り、ゼロが1になった~!と喜んでいたのは今朝のこと。

だか、既にもう遠い話だ。
いま、再び、今度は沖縄で、ゼロを1にする闘いを続け、そして半日で疲れはてた。(笑)

相棒も、向かいで、疲労感マックスで座り込んでいる。……。


もうひとつを、もう一方を、もう一回、
ゼロを1にするぞ!
やるぞ、やるぞ、やるぞ!

南国は、お互いの時間を気にしない。

スマホが遂に壊れた。仕事先の沖縄で。

閉店間際のショップに駆け込み、三時間かけて、スマホを新調。

すべての客がいなくなり、それでも照明は私だけのために煌々とかがやく。
こっちは恐縮しているのに、一向に焦らない。
手続き、書類作成と説明、スマホの設定、壊れたスマホからの連絡帳の更新、アプリの再設定と更新、三人がかりで、最後までやってくれた。


沖縄だから、こんなに仕事時間過ぎても、全く怒らずに、やるんだろうな~。
東京だったら、こうはいかないだろうな~。

人生は長くない、こともある。

羽田空港。今月2度目の沖縄行きで、急遽、空港で打ち合わせをすることになった。

面と向かって相談している近くの席で、初老の笑顔の男性に電話がかかってきた。男性は、小声で静かに受け答えを始めた。その小さな笑い声混じりの声は、二人の耳に入ってくる、ことが向かいの商談相手の顔で分かる。

男性は、東京の後輩がやっている大学病院で検査を受けた。これから地方の自宅に帰る。電話の相手は結果を気にする妻と推察される。相変わらず、笑い声。

次第にそれは、涙声に聞こえなくもない。「だから、今度○○に二人で行こうよ」

相手が答える。すると「もう、季節がどうのと言ってられないんだ」それを聞いてまた妻が答える。「そこも、行こう。順序よく、全部行こう。終わるまで」

もう、私達二人は、こっちが泣きそうになって、静かになった。

「人生は長くない、‥‥こともある。君は長い。だから、そのあと、夏の○○に行けばいい」

相手が黙ったらしく、男性はまた笑ってみせる。

人生は長くない、こともある。こんな哀しい名言を聞くとは。1月の羽田空港

やっと分かった三つの会計

会計についてこの半年、いやこの1年、よく解らずにいたことが、いまクリアに分かった。

私が欲しいのは、私に必要なのは、管理会計だ、と。

これまで、本を読んだり学んだりしても、財務会計管理会計、そして税務会計の違いが、イマイチ分からずにいた。

ファイナンスとアカウント(会計)が違うことは、資金調達をしたこの半年で身をもって分かっていた。

しかし、会計については、分からない。

税理士の詳細な報告書を見ても、また資金調達専門の会計士が作成した数値表を見ても、金融機関が求めている数字的データをその専門の人が作成してくれたものを比べても、自分で作った出納帳や資金繰り表と比べて見ても、違うことは判るが、どうして違うのか分からなかった。納得出来なかった。

やっぱり自分は数字が苦手だ、と思っていた。

そして、昨晩、それらを左右に眺めて、経営者の為の会計の本をめくっては、別の本を読んだで、ハッとした。クリアに分かったのだ。身をもって分かったのだ。

そうか、本にある通り、会計には財務会計管理会計税務会計があるんだ。そしてそれらは、目的も、誰のために作成するのかも、誰に説明(アカウント)するのかも、確かに違うのだ!と。

当たり前のことだが、やっと、身をもって、財務・管理・税務会計の違い、なぜ3つ存在するのか、そして自分に必要な会計が、分かったのだ。

スッキリしたぞ!(⌒‐⌒)

 

京急電車の駅考

ただ今、ナハクウコウ。羽田空港に向かうときには、毎回京急を使う。

半年ほど前、ほぼ毎日京浜急行線の何処かの駅と何処かの線を使う状態にあった。で、その時に「京浜急行は男電車である」と活破した。(笑)はい、もちろん私の勝手な感想である。

そりゃあ、乗り鉄にはたのしいだろうが、さ。

駅の重要な施設である女性トイレの設計に女性目線がほぼない。当然、ソフィア指数など関係ない。

たぶん、駅についての思想が、旧くて古い。ただ電車に乗るだけ、電車を乗り換えるだけの駅だと、考えている。

それで私は、京急沿線での物件での保育園開設を、取り合えず断念した。こんなトイレの駅街には、新婚の奥さんがこない、と。

駅について、もう発送のを変えるべきだ。実際に、隣の客がこれらのことについて喋っているのを聞いたことが、何度かある。

今日も、羽田に行く途中の、蒲田要塞(京急蒲田駅)で、隣のおばさんが同じ感想を旦那に話していた。

若者が、なぜ京急蒲田駅を蒲田要塞というかも、考えるべきだ。ま、愛称でもあるけど。(⌒‐⌒)

 

二人のスーパーサポーター

沖縄グローバル大学設立準備会の定款には、スーパーサポーター制度が書いてある。

一般社団法人には、普通、会員とか準会員とかがあり、それらは会費を払う制度だ。スーパーサポーターは違う。

法人成りをする当時、明らかにスーパーサポーターとしか呼べない人がいた。無償で助けてくれ、会費など関係なく、時にはカンパ(寄付)をくれる。まるでスタッフのように動いてくれ、報酬を求めない。遠くにいるときは大事な情報をくれる。そして、心を寄せてくれる。大学の設立を信じてくれる。

これをきちんと文上に出来ないかと行政書士に相談し、スーパーサポーター制度として定款に載せることが出来た。

今、沖縄に一人、アメリカに一人いる。

沖縄の女性は、常に心を寄せてくれ、無言の応援と有言の応援、そして情報をくれる。

アメリカの若者は、遠い手を打つときに助けてくれ、帰国時はフルスロットルでサポートしてくれる。

有り難い。

「どうにかする」と「どうにかなる」

毎日、上手くいっては困ることが起き、困ってはまた解決する。激しいジェットコースターか、幼児用のジェットコースターの違い程度で、上がり下がりがは常にある。

どうしようもないように思えるときも、「どうにかする」と決める。そして努力する。動く。これが自分の生き方だったから。

そうしか考えつかない。「大丈夫。私ならどうにかできる」と。

今は、「どうにかするのが私の仕事。それが起業家。それが経営者。それが責任者の仕事」そして「大丈夫、私ならどうにかできる」と考える。

一方で、どうにもこうにもしようがないときに「なんくるないさ~(なるようになるさ、どうにかなるさ)」と、思う。これが、沖縄人間の気質である。

「大丈夫さ~、どうにかなるさ~」「なるようにしかならないさ~」と、楽観のような諦めのような思いである。

「だって、どうにもならないものはどうにもならないさ~」「どうにもならならないのが、後からすると一番いい結果のはず」と思うのである。

結局、この二つで、物事を乗り切ってきた。今も、それで乗りきっている。今後もこの二つの言葉で、乗り切ろう。長い道のりさ。