服部智恵子の大学設立日記

どうやって大学をつくるか。ゼロからスタート大学設立同時進行日記

「刺激と反応の間には余地がある」ヴィクトール・フランクル『夜と霧より』

「刺激と反応の間には、余地がある。その余地において、私たちは自分の反応を選択する力を持っている。その反応の中に、成長と自由がある」

ナチス強制収容所から生還した、精神科医で心理学者ヴィクトール・フランクル

その名著『夜と霧』にある一節だ。

昨晩、ある若い人と話をした。彼女も私と話をしたがっていた。

彼女は、ある一大事が終わって、自分の望みとは違う結果に、思わず泣き出したとのこと。若く、心のきれいな人だ。

私は、同じ結果を受けて、即座に、自分の考えを書いて打って1枚のペーパーに纏めていた。

それでお互いの考えや思いを語り合った。

同じ状況に対して、この若い女性の反応に、ああ自分は、いい意味でも悪い意味でも“老練”になったなあ、と感じた。

今朝、目が覚めて、ヴィクトール・フランクルの名著の中の、この言葉を思い出した。

 

 

「歴史の罪人(つみびと)にならない」とは、北京の夜噺。今日も思いだす。

昔、むか〜し。留学時代。

日中英の学生を含めて、夜通し話しあったことがあった。

テーマは、歴史の罪人(つみびと)。

キッカケは、現代北京になって「北京城壁を壊して環状道路にするという計画が持ち上がった時の市民論争」の振り返りだ。

その時に反対派が「反対しなければら私たち現代北京市民は歴史の罪人になる」と言ったという言葉。

確かに。

では、破壊的創造と破壊的破滅のどうちがうのか、どうしたら分かるのか。また、直接加担者だけでなく、賛成反対をしなかったものは、どこからが加担者か。

ナチス時代のドイツ。 

東南アジア侵略と日中戦争、そして太平洋戦争にまでまでいった、日本。

どこから、どこまで、誰から誰まで。

討論は、本当に夜明けまで続いた。終わって、皆で、学生食堂に行って朝食を一緒にして、、解散したくらいだ。

その時に、「王権でないこの時代、反対しなかった国民は、加担者だ」ということに、概ね落ち着いた。

その後、そんな状況をになる度に、私はその論争を思いだす。

私の手元にあるものは、誰かの助けがあったもの

何かを得るのに、本当に一人で得ることはない。

何かをするのに、実は一人でできるものではない。

何かを成すのに、完全に一人で成せるものはない。

私の手元にあるものは、モノであれ、立場であれ、形のないものであれ、一人で得たものではない。

誰かの助けがあった。

誰かの支えがあった。

誰かの恩恵があった。

それどころか、すべて誰かがやり、最後に残った私がやっている。ということもある。

一人でやった。私がやった。私がすべてやった。というのは傲慢だ。

報恩感謝のない人間は、欲しいモノを得ても、大事なものを失う。

自戒を込めて、おのれの心に言い聞かせる。

 

賢いけど聡明じゃない人はいる。ある女性を見て賢明と聡明を考えた。

賢明と聡明という言葉がある。

同じく頭が良い状態を指すが、私は使い分ける。

たとえば。

あの人は、賢明な女性だ。

この人は聡明な女性だ。

あの人は、賢明かつ聡明な女性だ。

賢明な態度、聡明な姿勢。

あの対処は賢明だった。

あの姿勢は聡明だよね。

さて。

最近、ある女性を見て思った。

この人は、確かに賢い。頭がいい。でも、聡明じゃないよね。

この違いは、何だろうな〜。自分でも、これがあれが、と言えないが、確実にそう思うのだ。

唯一無二の私の人生に、唯一無二の戦略を立て続けよう

よく考えれば、自分の人生は、自分だけの状況で、自分だけの歴史で、自分だけの未来だ。

同じ時間に同じ場所で生まれた一卵性双子でも、身体が別だから、その時点で人生は違う。

同じ時代に、同じ時間に生まれても、親や場所が変われば、条件は変わる。進む道が違うばら環境も変わる。

自分の個性は、唯一無二。

自分の人生は、唯一無二。

自分の未来は、唯一無二。

ということで。

先人の教えや戦略を取り入れながら、唯一無二の私の人生戦略を立てよう。

「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」マーク・トゥイン

マーク・トゥインの言葉とされる「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」

深い。

ある日、TVを観ていたら、ある著名なタレントが「新しい戦前」という言葉を、発した。

日本で、戦前といえば、太平洋戦争の前を指す。そして“戦前”という言葉で、あらゆる状態を表現する。そして、忘れないように、繰り返さないように、多くは自戒として使ってきた。

それなのに。

……。

歴史は繰り返さないが韻を踏む。のだろうか。

単なる個人的予感。不可逆な変化、もう元には戻れない、劇的じゃないけど節目の時かも。

そりゃあ、総選挙は何度もあった。そして、似たようなことが、何度も繰り返された。

だけど、たまに。本当にある時だけ。

「もしかして、本当に変わってしまうかも」

「なんか、元には戻れないかもしれない」

「劇的じゃないけど、変わりそう」

「少しの変化だけど、不可逆な」

「良くなるか悪くなるか、分からないけど」

そんな時がある。

大きな変化じゃないけど、変わってしまえば、もう元の姿には戻れない、みたいな。

ま、単なる、個人的な予感です。