何年か前に、中央分水嶺を歩くという、トレッキングをしたことがある。
山の尾根を歩くのだが、ここに降った雨は、左右のどこに流れるかで、太平洋の海水となるか日本海の水となる。その分かれ目の、山の嶺の道である。
分水嶺。
凄い言葉じゃないか。運命とか、偶然とか、勝敗の分かれ目とか、遠い別れとか、そんなことも想起させる言葉だ。
僅か一ミリの違いか、それとも僅か風の向きで離れたか、ふと、左右に流れる。
それが、小さなせせらぎと集められ、著名な川に流れ込み、その先は遠く別々の海の水となるのだ。
分水嶺という、ただ想像力を刺激する言葉だけで、私はその道を何日かに分けて、愉しく歩いた。ただ面白かった。ただ興味深かかった。
そして、しかし、いま、とても注意深く、時にはヒヤヒヤしながら、いま自分は分水嶺を歩んでいるのではないか、という思いにとらわれながら、私は毎日を進んでいる。
あれは予行演習だったのか。(笑)
側からある人が「今の君は歩いてないよ。走ってるよ」と言う。‥‥アホ(笑)