私の場合。自分がやっていること、やりたいこと、やめたこと、もうやらないこと。それが終わりがハッキリしていることが多い。
その世界へのフェードイン以上に、フェードアウトが、はっきりと認識できるのだ。
通訳という仕事が終わったと思った瞬間からフェードアウトまで。どちらもクリアに認識している。あんなに天職と思った通訳でさえ、フェードアウトがあるのだ。政策アドバイザーという仕事も、そうだった。他にも。
始まりは、いつも興味と好奇心と面白さ。終わりは、興味と関心の薄れか、使命の終了感。そしてフェードアウト。
もう終わった。もう私はここに必要ではない。もうここで私のやることはない。ここでの私の使命は果たした。
そうい悟りにも似たクリアな認識だ。
終焉、終了を感じてから後は、あとはまだそこにある責任との折り合いである。責任を果たしながらフェードアウトする。せざるを得ない。
寂しい。だが、次のインすべき世界がある。
その世界からフェードアウトしたら、別の新しい世界にフェードインしていけるのだ。新しいミッションへに挑戦できるのだ。