保育園だろうが、学校だろうが、大学だろうが。研究所だろうが、美術館だろうが、財団法人だろうが、出版社だろうが。何かの組織だろうが。
創立というのは、白紙に自由に絵を描くようなものだ。それが創立、創設というものだ。
白紙は、素晴らしいチャンスである。自由に描くというのは、創立という行為に与えられた恩恵だ。
何もない、何もそろってない。すべて、自分が自由にやりたかった絵を描く。
このために、創立・創設をするものは、奮闘し、責任を引き受け、リスクをとり、走り回り、辛いことをくぐり抜け、努力し、転んでも立ち上がる。
私は、私が創りたい保育園をつくった。だから、そうでないものになるくらいなら、別の絵を描かれるくらいなら、その時はもう、私が創立したものではない。
というわけで、実は、某所の保育園は、既に、その園長と事務長に差し上げた。
気がつくと、その人たちの描く絵になっていたからだ。
私のしたい保育教育ではないし、私の作りたかった組織風土ではない。いま私は、そこの名ばかりの理事長だ。
しかし、いま真正面から全力で向かっている保育園においては、私は『白紙で自由に絵を描くという“創立”』を、貫くつもりだ。
ここで、“創立”を貫くことが出来なかったら、大学なんて創立できない。